SNSと「ネットで繋がる」という言葉の必要性

2013/05/01 日記

【はじめに】
誤解を生みそうな内容なので先に予防線を張っておきますが、これはネット上でのコミュニケーションを否定したりするものではありません。のえさんもネットの住人です、ましてやweb業界にお世話になってご飯を食べている人間です。

そんな中で懇意にして頂いている方々は沢山居ますし、そういった方々とはこれからもそうでありたいと考えています。ただ自分のスタンスを明確にしたい…というか、自分の考えをただ発信したいという表現欲というか…そんな感じのまとめ。

 
【ここから本題】
インターネットに触れてから結構長いですが、どうしてものえさんはSNSというものがあまり好きになれません。最近で言えばLine、少し前ならFacebook、もっと前ならmixiですが…Lineはインストールを拒否、SNSはどちらもアカウント作成して終了、何も書く事なく放置して更新情報のメールだけが飛んできます。

そもそも「ネットでいつでも人とつながる」というような言葉が嫌いなんですよね。
SNSって正直言って日本人に合ってないと思うんですが…。

 

※長いです!

■繋がっている事の煩わしさ
コミュニケーションの場において、色々と守らなくてはいけないルールがあります。

回りの「空気を読む」必要があります。
場の流れに合わせる事が必要あります。
我慢をする必要があります。
etc…

もちろん、人と関わる事で得られる楽しさもあります、それを否定しませんがコミュニケーションを取るという事は体力を消耗する行為と思っています。いつでもどこでも「繋がっている」というのは、常にコミュニケーションの輪というものに自分が縛られてるんじゃないかなと…そう思うんですよね。

とある企業の社長さんで、携帯電話をどーしても持ちたくないという方がいました。その人の思考というのは「どこに居ても電話がかかってくるのが嫌だ、電話に縛られたくない」というものです。この話を聞いた時に自分のSNS嫌いと似てるなぁと感じました。もちろん、年代が年代なのでのえさんは携帯電話を煩わしいと思った事はありません、持つのが当たり前と思っていますがこの思想には共感できるなぁと思うものがありました。

ただ、この携帯を持ってない方ものえさんも人とかかわる事を拒否している訳ではないです。人間嫌いとかそういう訳ではありません、誰かと一緒に過ごす時間に価値を見出しますし、楽しいと思えます、誰かと遊びに行ったり何気ない雑談というのは大事な時間だと思います。でも先に述べた通り、そこには疲労も生まれます。例えば、いくら好きなスポーツでも何十時間も通しては行えないのと一緒。しかし、SNSというものは一度入り込んだら「始めたら継続し続けなければならない」という事があると思うんですよね。スマホを持ってる人が増えてきて、いつでもどこでもアクセス出来るようになっていますが。それは常に鎖で繋がれてるようなものにしか見えないのは気のせいでしょうか。

■繋がりたくないけど、繋がらざるを得ないケースがある。
「友達と思ってない人から友達申請が来た」という事があると思います。そういう時に「本当は嫌だ(微妙)だけど、拒否する事も出来ないからしぶしぶ許可した」という声を何度か聞きました、こういう所が先に述べた「コミュニケーションの輪に縛られてる」所なんだと思うんですよね。

もちろん、友達申請には強制力は無く拒否する事は可能です。しかし、それを行う事で相手に「自分が(申請してきた)相手を嫌い」という事が伝わってしまいます。当人同士の問題だけで済めばいいですが、その事実が横に広がるとそこにはまた変な気づかいやらなんやらが発生します、「余計面倒になる」んですよね。これは、ストレートに物事を言わず回りくどく伝えようとする日本人気質から来るものだと思うんですが、ひどくエネルギーを使います。上手にお断り出来ればいいですが、嘘をつく必要がある場合もあります。この嘘というものがまた厄介で、一度嘘をついてしまえば付きとおさなければいけない…という問題が出ます、これもまたエネルギーを使う行為です。回りくどく…いえ、丁重にお断りするという「美徳」が、人と繋がるという行為を重くしてしまうんですよね。

でも断れればまだいい方で、結局は面倒と感じてしぶしぶ受け入れてしまうんじゃないでしょうか。受け入れたくない友達申請を受けてしまうと、今度は発言を選ばなくてはいけないという手間が発生します、嫌な相手に知られたくない事もあるでしょう、絡まれたら面倒でしょう、コメント何か付けられた日にはどうしようと思い悩むでしょう、そうなるとストレスに感じると思うんですよね。そうして負のスパイラルに入り込む…というオチ。

■ブログやホームページを何年も続けてる理由
ブログのいいなと思う所は、主導権がこちらにある事と、双方向ではなくある程度一方的な所。

例えばこの「のえさん家」ではのえさんがルールです、(技術的な不足を除き)サイトのすべてがお手の物。そして、ブログの内容は「見たければ勝手に見ればいい」という所。言ってみればブログなんてものは盛大な独り言です。でもSNSと違い見たくなければ簡単に見ない事が可能ですし、こちらもわざわざ反応を疑ったりする必要もありません。まぁ…アクセス数はちょっと気にしますけど。

発信する側と受け手の距離感の問題もあります。
SNSって聞きたくなくても聞こえる距離なんですよね、学校で例えて言えば…SNS上の友達というのは言ってみれば同じ教室に居るクラスメイトぐらいの距離で、他の人の話を聞こうと思えば全然聞こえちゃいます、聞きたくないこともね。それに対してブログでの発信は部室での会話みたいなものです。

部室に入ってくるのは、自分で部屋に入ることを選択した人だけ。
ここなら周りの目を気にせず、好きな事言ってもいいかなーみたいな…ね。

これが教室なら、同じクラスの嫌いな人・苦手な人のことを大声で話したりは出来ないですし。

■ツイッターはいいの?
そんなのえさんもツイッターだけはずっと使ってますが、これはブログに似た所があると思うので…

というのも、ツイッターって基本どうでもいいことしか書かないから。独り言をテキトーに言って成り立つものだと思ってます。言葉が多くて発言もすぐ流れるから、あんまり見せ付けられてる感じもしませんしね。タイムリーな話が多いのもあると思う、例えばニュースを録画して2~3日後に見たりしないでしょ?という感覚。SNSの場合は「録画しておいたから見ておいてね」って言われてるような感じ。

気楽なのと人との繋がりの良い部分は残ってるかな、という感じ。
もっと単純に言えば「合ってる」。

 

■長くなったしそろそろ〆
結局、何をするにも適度な距離というものがある訳で…。

対人距離という言葉があります。人との距離において感じる意識の事ですが、SNS…というか、ネット上ではこれが狂いがちになるんじゃないでしょうか。

適切な距離を保てればいいですが…結局の所、顔も見えないコミュニケーションなので不用意に個人的距離・密接距離に入り込んだり、入り込まれたり…これがSNSが苦手な理由かな、と。そして、不用意に近い距離の人間に対してストレートに「イヤだ」と言えない、(表面上だけでも)仲良くしなさいという美徳がストレスになる。

ツール自体には問題はないと思うんです。負の面ばかりではないですが、今回はあえて負の面の話しかしていません。という訳でSNSという存在を否定はしませんし、それを活用する・楽しむユーザーを否定はしていません、でものえさんはメリットよりデメリットが勝っちゃうというだけのお話。

 

別に常に繋がってなくていいんですよ。繋がりたい時に繋がれる輪があるという方が大事。
そーゆー人も居ます。